やって来い来い無法者

午後。
仕事から帰ると妻が玄関先に出てくる。
「今育児のお話をしにお客さんが来てるから」
何じゃそりゃと思いながら息子をあやしに行く振りをして
妻とその謎の人物との会話に耳を傾ける。


50代も後半かと思しきその女性は
荷物の中からいろいろな質問が記された用紙を引っぱりだして言った。
「今ねほら子供の凶悪犯罪が頻繁に起こってるでしょ
それは小さい頃に豊かな情操教育を施されなかったからなの
あでも私高い教材を売り付けようって言うのじゃないのよ
よく30万も50万もする教材を買ったは良いけど
結局満足に使うこともなく無駄にしてしまう話ってあるでしょう。


彼女の用意した質問はざっとこんな感じ。
はじめにわが子の月齢を確認した後、
今おすわりはひとりでできるか、
物を強い力で掴む事ができるか、
ある程度言葉を発するか、などなど。
一通り質問を終えた時点でわが子がクリアできた項目は
ざっと半分弱と言った所だった。


「お母さんお子さんに絵本とか読んであげてますか
え一冊も?まーそーなのー
あのねもう少し大きくなってしまうとね
もう大人しく本を読まないで破いてしまうから
今ならまだ間に合うから
絵本はね子供の心を豊かに…


それまで赤子と戯れながら静観を決め込んでいた父、ついに緒が切れる。
恐らくはそうであろうと妻の顔を見るとぴたり二人の目が合い
アイコンタクトが成立。
父、口を開く。


「はいそれであなたは何が売りたいんですか早く結論を言って下さい
ご覧の通り家の中も片付いてないし、妻も忙しいんですよ
「いえ違います私はそういうセールスとかではないんです
「ほうじゃあボランティアですかタダで奉仕活動を?
「そうですよ市の方からやってきました民間団体です
「それじゃあ名刺を見せて下さい身元を証明するものを
「…はい


受け取った名刺には「なんたらジャーナル」とか「ほにゃら文化社」とかが印刷され、
裏面に目をやると大きく「お客様窓口」とハンコで電話番号が押されていた。

少しの間いぶかしげにその名刺を見つめていると
その女性は私から名刺を取り返そうとした。
「えこれいただけないんですか下さいよ
「いえ…それはダメです
「どうしてですかどこの誰かも分からないんじゃ落ち着いて話も聴けませんよ
「もういいですこうしてね奥さんと大切なお話をしようと思って伺いましたけど
ダンナさんがそういう態度ではねもう結構です
「僕は別にあなたの名刺を下さいと言っただけじゃないですか
「折角ね色んな絵本の話とかお子さんに大事なお話をしようと思って
「だからどうぞして下さいよ何で逃げるんですか


彼女は強引に私の手から名刺を奪い取り早々に帰り支度を済ませると
玄関へと歩き出した。
そして靴をはきつつ振り返りざまに見送りに来ていた妻に向って
「あのね今がホントに大切な時期だからお子さんにはね…
と未練がましくやり出したものだから
「もう二度と来なくて良いですから貴女もお忙しいでしょうしさようなら
とまくしたてると彼女もまた間髪入れず
「ええもう来ませんッ」
と言い放ちドアを出ていった。